夏期講習2日目である。

掲示物や出席簿や座席表などの細々とした雑務や講習会の打ち合わせ等に追われ、授業の準備が過去最悪なくらい間に合ってなかった。

これではイカンと、昨夜はほぼ徹夜状態で、何とか6冊は完成させた。
あと理科関係と小学生関係のテキスト作成がまだだが、まあ来週で何とかなる。何とか目処はついた。

当塾の池田先生や木村先生が表紙をカラーで作成していたので、私も負けじとフルカラーで作成してみたものもある。以前は、フルカラーの教材は、インクジェットで一枚ずつ打ち出し、手動で折ってからホッチキス止めをしていたので、大人数だとかなり時間を要した。

しかし、こちらの塾ではカラーレーザーに製本&ホッチキス止めの機能までついているので、作業時間が大いに短縮され、大変助かっている。
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さて、肝心の夏期講習だが、まだ2日目が終わった段階なので、感慨を述べるのには早すぎるが、中3は良い集中力で受験生らしい顔つきになってきたのではないかと感じている。

夏期などの講習会で、初顔合わせの生徒が多いとき、最初の授業で私が語る定番のモチベーショントークに、「不幸貯金」と「お母さんに勉強しなさいと言われたら負け」というのがある。

「不幸貯金」については、別の機会に語るとして、「お母さんに勉強しなさいと言われたら負け」というのは、いくら自分が勉強していると言い張っても、周囲から、それも特に身近で見守っている人からそう言われたとしたら、それは本当に勉強していないということなんだから、素直に受けとめなくてはいけないという、そのまんまの話である。

そこに、志望校に受かることが最大の親孝行であるという、合格発表の日に、お母さんがやたら出かけたり電話をかけたりするのは、「そういえば、○○さんのとこ、今日発表じゃ・・・」「(よくぞ聞いてくれた!)ええ、おかげさまで奇跡的に。全然勉強してなかったので、全く期待してなかったんですけど」と言いたいからだという話をまぜる。その時のお母さんの顔、鼻伸びまくってるぞと言うと、クスリと嬉しそうに笑う。中学生は男の子も女の子もお母さん子が多いのだ。

さらに調子に乗って、『こっちが聞いてもいないのに、「兄が京大行ってまして」とか「弟は洛星なんですけど」とか必ず言うお母さんいるぞ、自慢の子供やし、それくらい嬉しいものやねん。おまえら迷惑ばかりかけてきたんだから、少しくらいお母さんに良い思いさせてあげようよ』などと、さんざん親に迷惑をかけてきた私自身のことは棚上げして、そんな話を絡めると、必ず何人かは、「うんうん」と肯き、少なくともその授業時間内だけは、別人のように身を正すのである。明日以降も効き目が継続しているかというと、十人十色だが・・・

しかし、その話に水を差す発言が時々あるのが困る。その発言とは、「うちのお母さん、別に勉強なんかしなくていいって言ってるで」というものである。(今日の講習で、その種の発言が出た訳ではありません。念のため。今日は、うんうん派ばかりでした。)

親の言うことを決して聞かない子が、そういう事だけはきちんと聞くというのは、片腹痛いが、大人の世界でも、残業代をうるさくせびるくせに、たばこ休憩等で抜けた時間を給料から返金しているという話を一度も聞いたことがないのだから、子供だけに偉そうには言えない。

とにかく、この種の発言は、私の話の流れを根底からへし折るものであるので、出来れば聞きたくないというのが本音である。

もちろん、その子の面倒を一生見るわけではない塾人が、ご家庭の方針に異を唱えるのはいかがなものかとは思うし、意見するつもりも毛頭ないのだが、この話に関連して少し思うところがあるので、以下に私なりの見解を述べてみたいと思う。

その見解とは、以前に流行した、S○APの「世界に一つだけの・・・」の歌詞の中にある「オンリーワン」という言葉が流行したときに感じたことである。

さすがに最近は聞かなくなったが、一時期はどこもかしこも、「癸韻犬磴覆ていい。オンリーワンであれ。」という風潮だったように記憶している。

どうも日本では、癸韻楼しきものとして時に捉えられる傾向がある。スパコンの『2番じゃ駄目なんですか?』という発言が記憶に新しい。

ちょうどシーズンなので、高校野球にたとえると、甲子園を目指さない野球部がもてはやされるような感覚だ。いや、甲子園は目標が高すぎた。1勝を全く考えないというか、目指さない野球部のようなものである。

もし本当にそんなチームがあるとするなら、そんな野球部と試合させられたチームにかわいそうである。

甲子園を目指す=悪となるケースは、甲子園に行けなければ、全てがパーという極端な考え方をされた場合限定である。どんな手段を使ってでも、ズルをしてでも甲子園に行くぞ、となったケースであり、そこだけを強調されて、「だから、甲子園を目指すなんて思想は・・・」となるのはおかしい。甲子園が極端だとしても、勝ちを目指さないのは意味が無いと思う。1勝の積み重ねの先に甲子園があるのだし、まずは1勝を目指して、弱小は弱小なりに、強豪は強豪なりに皆努力するからこそ得られるものがあるはずである。

もちろん、1勝を目指しつつも、私自身は勉学に重きを置いては欲しいけれど。

「勝たなくて良い」というのは、『物事は結果重視ではない、過程が大切なんだ』という部分がはしょられてしまって、都合良く伝わってしまっている。

オンリーワンも、頑張らなくて良いという言葉も、個性的であれという意味だけが強調されてしまっている。そんな誰でも簡単になれるオンリーワンなど、世間からはただの奇妙な人として写るだけだけではないだろうか。

実際の世間が認めるオンリーワンというのは、癸韻茲蠅發困辰箸困辰半紊琉未飽銘屬垢襪發里任△蝓簡単になれるものではない。それこそ、血のにじむ努力なしにはたどり着けないものだと思う。

上記の「勉強しなくて良い」という発言も、オンリーワンという言葉と同様、多くの部分がはしょられて子供に伝わってしまっている。そもそも、本気で勉強しなくて良いとお考えならば、塾に入れるはずがないのだから。

課程が大切だということは、失敗を重ねて初めて気づくものであり、自分で気づかなければ意味が無い。

間違って伝わる「頑張らなくて良い」という言葉を子供にかけるよりも、「勉強しろ!」「やるからには癸韻鯡椶兇察」で良いのではないだろうか。少なくとも、モチベーションアップトークの後の子供達は、本当にいい顔をするのだから。

当塾では、夏期講習中、「お母さんに勉強しろと言われたら負け」ルールを実行していきたいと思いますので、勉強してないなと感じられたら、遠慮なくお声かけをお願いいたします。(まだ一部の中3にしか言ってませんが)

私も、子供達から、「先生疲れてるな」とか言われたら負けルールを課そうと思う。