今年の夏期講習は思ったよりも体力的にきつい。

夏期講習と言えば、以前は朝から晩まで、それこそパソコンに触れることすら出来ない状態で、8コマ連続の授業などをこなしていたものだ。

帰宅は深夜、出勤は朝7時。家には仮眠に帰るだけという日々である。それが毎日続く。さらに、日曜日も補習を望む生徒のために開けていたから、お盆休みだけが夏休み中の唯一の休みであった。

そんな毎日だったので、夏休みにどこかに出かけたなどという記憶が全くない。夏の気候は大好きで、青い空、青い海も大好きなのだが、十年ほど前に琵琶湖に行ったのが、海らしきもので泳いだ最後の機会となっている。


まあ、海はともかく8コマ連続の授業など、もうしなく(出来なく)なって久しい。朝から晩までの勤務状態というのは変わらないが、こうしてブログを書く時間だってあるくらいだから、10年前に比べれば、ずいぶん「楽」になったとも言える。

しかしながら、例年以上に、体力的に「きつい」と感じてしまうのはなぜであろうか。


昨年は、中3生の数が今年より多かった。教室は満席で、部活などの欠席者がいる時だけ、その席に私の荷物が置ける状態で、教材の置き場にすら困る状況だった。


とても、一人一人に目をかけるどころではない。ところが不思議なもので、大人数のほうが子供は積極的になる。何というか、「負けたくない」という思い、「自分だけ置いていかれたくない」という心理をビシビシと感じることができるのである。

それに、大勢の質問者がいるものだから、質問したい生徒は、工夫して時間を作り出す必要があり、あるグループの子達は、自身の昼食の時間を削って質問時間に充てていた。人数が多いほど、生徒は工夫してくれる。

よく「少人数だからひとりひとりに目が届く」だの「ひとりひとりにピッタリあった」などというキャッチを耳にする。私自身もその耳障りの良いキャッチを使わないことはないのだが、正直に言えば、耳障りが良いから使っているだけである。それに、本音を言えば、あくまでも経験則上の話なのだが、大人数のときのほうが生徒の成績の伸びは良いと感じている。

「ひとりひとりに目が届く」くらいの人数だと、「いつでも聞ける」と思うのか、質問も少ないし、いつ来ても自習室が開いていると思うからか、場所を取り合うということもない。

「少人数」は、子供にとっては便利ではあるが、便利であることが、知らず知らずのうちに甘えにつながってしまっているからなのか、便利=成長につながっていないような気がする。

ひとりひとりにたっぷりと愛情と教育を注ぐことができるはずの某国の一人っ子政策が、あまり上手くいっているとは思えないように、人というものは、ほどよい不便さの中のほうが、ぐんと成長するのではないだろうか。


そういえば、ミラクルを起こす生徒がいたのは、決まって18名〜23名のクラスの時だし、集団のパワーというか、皆が競い合って一つの目標を目指すときに発するエネルギーは、人数が多ければ多いほど大きかった。もちろん、少人数だったが、もの凄いパワーを発揮し、とても印象に残っているクラスもないではない。そのクラスのことは、また別の機会に。

だからといって、急に人数を増やすことは難しい。ただ「生徒があんまり多くなると、うちの子をちゃんと見てもらえなくなる」「だから、人数の少ないところへ」という事は決してなく、むしろ人数が多いことが好結果につながる場合が多いと感じている。



というわけですので、どしどし生徒を紹介していただければと思います。

ところで、先ほどの私の不調の原因だが、それは、子供達の発するエネルギー不足だと思われる(決して歳のせいなんかじゃない)。



子供達の発するエネルギーを吸い上げて、それを糧としている私としては、もっともっと子供達からパワーをいただかないといけない。



エネルギーを出させるための種まきを毎回の授業でしているものの、まだまだ響いていないご様子。



ただ、そんな中でも、ほんの一部であるが、授業後も残って勉強して帰る戦士達がいる。
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むろん、残ったから偉いという訳ではないが、この子たちが背中から発するオーラを、そそくさと帰宅した連中からは感じない。この中の一人は、私から関数の冊子をもらい、もう仕上げてしまった。今日、追加でプリントを渡したところだ。「本気」というものは、そういう所に表れる。


頑張っている、頑張ってないは、自分で決めることではない。周囲の判断に委ねるしかしかたがないこと。私からこんな話がでる事自体、一部の生徒をのぞいて、まだまだという自覚を持って、今後も臨んで欲しい。

さてさて、講習最終日までに、この写真の人数が増えてくれるかどうか。楽しみである。