14 東山 (1)













東山中学・高等学校。

京都市内では2校しかない男子校の1校であり、もう1つの男子校である洛星が高校からの募集はしないので、高校から進学できる唯一の男子校となる。

実は私は、母校が男子だけのクラスを1つ、女子だけクラスを1つ、残りの7クラスを男女混合という実験的な編成を試みた年度に入学したため、共学校でありながら「男子校」のような環境で過ごすという希有な経験をしている。

そう、何と運の悪いことに、1年間、1クラスしかないはずの男子クラスで過ごすこととなったのである。

そんな外れくじを引いたなど、入学式では全く気づかずにいた。

入学式では、各クラス1列に、そして出席番号順に入学生が並んでいた。昔の出席番号の付け方は、男子が先で女子は後であるため、出席番号が前半である私は、後ろの様子が全く分からず、まさか私のクラスの列の全てが男子軍団で埋め付くされていることなど想像だにしていなかった。

それどころか、後方にいるはずの女子に、好みの子がいれば良いなぁ等と淡い期待をふくらませてさえいたくらいである。

しかし、出席番号が後ろのW君は、他のクラスの列は、すべて真ん中から後ろは女子が並んでいるのに、自分の列だけ男子しか並んでいないことに、ただならぬ不安を感じたのだと後に語ってくれた。

さて、私は何も気づかぬまま、無事に入学式も終わり、そのまま行進して各自自分の教室へ移動することとなった。出席番号が前半である私は、教室に入るのも最初の方で、さっさと席に着き、入り口に目をやり、次々と入ってくるクラスメートひとりひとりを興味を持って見ていた。

教室に次々と男子が入ってくる。ブレザーではなく、京都ではほとんど見かけない詰め襟の制服のため、想像しにくいかもしれないが、教室がどんどん黒く染まっていく様子が浮かぶだろうか。しかし、待てども待てども、肝心の女子が一人も入ってこないのである。気づけば、席は真っ黒の制服で身を固めた男子で全て埋め尽くされてしまった。

室内に重苦しい空気が漂う中、ひそひそと「男子クラスらしいで」という声が聞こえ始めた。誰も事情など分かっていない。事前の説明など何もなかった。

時間の経過とともに、皆の緊張と遠慮が段々となくなり、「おい、女子おらんぞー」と声高に叫び出す調子者が表れだした頃、ぬっと、男子クラスにぴったりの風貌を持つひげもじゃの先生が入ってきて「もう気づいていると思うけど、ここには男子しかいません。」と話し始めた。

何でも、このクラス編成は母校初の試みらしく、はっきりと明言されたわけではないが、成績優秀な者をこのクラスに集約したということを盛んに言外に匂わせていた。最後は「期待の星」とまで言っていた。そして、この試みが上手くいけば、今後もこのクラス編成を継続するつもりらしいともおっしゃていた。

ちなみに、我々の世代以降、二度と、このようなクラス編成が採用されることはなかったのだが・・・

さて、なぜこのような話を延々としたかというと、東山の卒業生のほとんどが、共学化には反対だそうで、「男子校で良かった」と心から思って卒業しているという話を紹介されたからである。

自身もある意味で経験者だけに、それは間違いなく「真実」だと思う。

男子クラスの一体感というか、団結力の強さはそれはもの凄いものであった。

お昼休み対抗サッカー大会は優勝したし、文化祭や体育祭では異常に盛り上がったし、宿泊合宿で皆で披露した先生をネタにした「替え歌」は、皆の爆笑を誘い、まさに男しかいないから開き直れるという独特の感覚は、それを経験したものにしか分からないだろう。

先生方の受けも良く、授業は一番進度が速かった。「やりやすい」「叱りやすい」は、当時の多くの先生の共通の感想であった。そう、男子クラスは授業が進むのである。

ただ、なんせ校舎内や他クラスには女子がいるわけだから、完全な男子校ではなく、その中途半端な位置づけのせいで、悲しい思いをしたこともある。

忘れられないのが、一年時に行った修学旅行で行われた、クラス対抗ソリ滑り競争である。

男女1組がペアでソリに乗り込み、斜面を滑る。そのソリを持って斜面を駆け上がり、次のペアにソリを渡し、クラス全員が滑り終わるまでのタイムを競うという単純なゲームである。

もう、お分かりであろう。我々だけが、男子同士でペアを組むのである。むろん、どのクラスも女子の方が若干少ないので、最後の組は男子同士になるなど、我々と同じ境遇の者もいるにはいたが、大半の者が男女で滑るのだ。

キャーキャー言いながら楽しそうに滑る男女を横目に、こんな男子同士の密着からは一刻も速く抜け出したい我々は、それこそ真剣にソリ滑りに挑んだ。結果は、ダントツの大記録でもって虚しくも優勝した。

最後のペアが滑る頃、他クラスはまだ半分も終わっていない状況であった。何もする事がなくなった我々は、ただただ、他クラスが楽しそうに滑る光景に、「あれ、わざと転んどるぞ!」「あ、手つなぎやがった。離せ離せ!」とヤジを飛ばす他なかった。

と、冗談ぽく書いるが、決してノリだけで書いているわけではない。「ソリ滑り」の結果に注目して欲しい。男子のみの集団は圧勝で、男女組は、だらだらと滑っていたという事実に着目しよう。

極端で無理矢理なことは重々承知だが、これを受験勉強、その他、様々な鍛錬や試練が要求されるものに置き換えて欲しい。なにをか言わんやであろう。

そういう特性が男子校にはあるのである。不思議な団結をするものなのである。

教室は男子だけなので、完全に男子校の雰囲気であり、そこでの気をつかわない、誰も格好をつけることのない雰囲気は経験したことのないものだった。

2年次から文系7クラス、理系2クラスに分かれ、完全な男子クラスである実験的なクラスは終了となった。しかし、当時は理系は選抜制のため、多くの者が泣く泣く文系を選ばざるを得なかった中、旧男子クラスの連中は、皆希望通りのコースに進んでいた。

私が進んだ理系クラスにも女子が何人かおり、念願の共学となったわけだが、正直めんどくさいと思う事が幾つかあり、「1組(1年生の時のクラス)、楽しかったよな」と当時の旧クラスメート同士で良く言っていた。

この男子クラスの経験が、私の人間形成にどんな影響を与えたのかと言われれば、私自身が駄目駄目人間であるがゆえ、こういった事例を紹介することはかえって逆効果になってしまうのかなと思う面もある。いまだに結婚できないことの遠因じゃないの?と言われるやもしれない。

ただ、私の中では良い思い出となっていることは事実であるし、男子クラスであった1年次が最も楽しかったし、自身も輝いていたのではないかと言える唯一の学年である。(2年、3年時はロクな思い出がない)

タイトル、東山だが、東山のことは全然書けていないが、実績その他にきちんと私の言わんとすることは表れているし、生徒の「男子校で良かった」という言葉に、その全てが凝縮されているので、その言葉でもって、「東山@塾説(H26)」とさせていただこう。