学生のときにアルバイトで塾講師を始めてから、様々な塾人と出会ってきた。

私のかっての塾長だった方は、今や京都最大の塾団体の代表を努めておられるし、O塾で人気絶大であった先生方と共に仕事をさせていただき、同じ生徒を教えるだけでなく、教科までかぶるという、もろに比較されるという貴重な体験もさせていただいたこともある。

当時私が務めていた塾は、南と北に教室があり、ある時、北の教室に他塾での経験豊富なベテラン3名が就任することとなった。それでも先生が足りず、南が主戦場であった私も、週1コマだけ手伝うこととなった。

「お前は今までの環境上、バイトの先生との比較で評価されてきただけかもしれへん。他所でブイブイ言わせてきた凄い先生方とある意味始めて競うことになる。これでお前が本物かどうか分かる」

当時、オーナーから投げかけられた言葉である。

さて、1年後の生徒の評価はどうだったかというと「どの先生よりも面白く、どの先生よりも分かりやすい」と当時、リーダーとあだ名されていた子が、私に残してくれた言葉である。

北の教室長も、生徒の評価の高さに感心し、次年度も是非継続して欲しいと言われたが、南の教室の運営もあり1年だけのお手伝いで終了となった。

この面々の中でも自分が通用したという事は素直に嬉しかったが、あれから15年以上も過ぎた今では、「5教科の担当の先生の中で、単に私が一番若かったから」という、それだけの理由で評価されたのだと素直に思うことが出来る。

同じような授業なら、一番若い奴が評価されるのは中学生相手ならば当たり前のこと。若い先生はそれを勘違いしたら駄目である。ましてや、その若さをもってしても評価を得られないのは、完封負けに等しいと思わないといけない。

さて、ここからが本題だが、当時オーナーが「バイトとの比較による評価に過ぎない」と、さもバイトが低いような発言をされたわけだが、実は、その当時バイトでありながら、大変素晴らしい先生がいたのである。

本日、私のFBのある書き込みに対し、卒塾生U君が書き込んでくれた内容が、伝説のT先生のことだったので、ふとT先生のことを書きとめておきたくなったという次第である。以下、長文(になるかどうか分かりませんが)お付き合いいただければ幸いです。

T先生。以前の勤務先の塾でご一緒させていただいた先生である。私よりも年齢は10ほど上だっただろうか。その当時、非常勤という立場であった記憶している。

担当教科は英語なのだが、医師免許を持っているだの、ヨットを所有しているだの、週1回はどこかの学会に行っているだの、籍は入れてないけど奥さんがいるだの、とにかくプライベートには謎の多い先生だった。

これらの情報も、すべて授業中にT先生が雑談として生徒に語っていたことを生徒から聞きかじったもので、本人から直接聞いた話は1つもない。

そんなT先生だが、生徒から受ける評価が、ほとんどこれといっても良いくらい以下の生徒の台詞に集約される。

「中学の時にはさっぱり分からんかったけど、高校入ってから、あの時言っていたことがもの凄くよく分かるようになった。中学の時、諦めず授業についていって、本当に良かった」

「T先生の授業を3年間受けていたら、高校で新しく習ったのって単語くらい。全部中学で習ってた。しかも、高校の先生、T先生が絶対にしたらあかん、という間違いをよくしはる。あんな間違いを私がしたら、T先生から絶対に怒られるわ」

また、弟や妹が「授業が全然分からない」とごねても、兄や姉が「黙って授業受けとけ。あとで絶対に感動するから」と強く説得してくれるという、とにかく卒業生にファンが多い先生であった。

その反面、現役生にはファンが少なく(中3の後半に急にファンが増えるが)、塾長としては、ある程度落ち着くまでは退塾防止に神経をとがらせる必要があり、大変な思いもさせられた事もあった。

しかし、「人としては大嫌いやし苦手やけど、授業だけは何としても受けたい」「T先生の授業を受けたから、今の自分がある」 そして何より、兄姉や保護者が退塾しようとする弟妹を全力で阻止してくれるのである。そんな先生を私は他に知らない。授業の中身のみ、それも「今分かる」ではなく、数年先に芽が出るかもしれないという不確かなものに対して絶大の評価を受けていたのである。

今ネット等で評価されている先生のはるか上をいっていたのではないか。大げさでなくそう思える。

そんな先生の存在があったおかげか、当時、まだ若かった私が、北でベテランと言われる先生の授業にふれたときも、(T先生ほどインパクトはないな)と思え、すごみを感じなかったし、萎縮することもなかったことが、後の高評価につながったのかもしれない。

知らず知らずのうちに、学生のうちから、私は塾業界でもまれなレベルの先生を間近に見ていたということである。

例えは変だが、日ハムの大谷投手の速球を毎日見ていて、九州に剛球投手がいると聞き、さぞ凄いんだろうなとわざわざ見に行けば、あれ?そんな速いかな?と感じるといった具合か。

この手のタイプに優男はいないという業界の法則通り、生徒にとっては、とにかく怖い先生で、誰も宿題を忘れてこないし、授業中は緊張感が走っていた。保護者にもその授業中の強面ぶりは伝わっており、面談のときには怯えながら来ましたと後に笑いながら打ち明けてくれた保護者の方もいたくらいである。

経営者泣かせの先生かもしれないが、本物の職人であった。英語の辞書を何冊も読み比べるのが趣味で、辞書を何冊も持っていた。辞書の内容どころか該当ページすらも暗記していたという伝説すらある。「はい、ジーニアスの〇ページ開けて」と言ったとか言わなかったとか。とにかく研究心と授業にかけるプロ意識は凄い先生だった。

先生の本当の評価というのは、実は、卒塾後、何年も経過してから下される評価が正しい評価だとよく言われる。本当の意味で恩師と呼ばれるタイプは皆そうではないだろうか。

そう考えれば、T先生の塾人としてのレベルは驚異的なものではないかと思う。というより、どうしても「人気」を意識せざるを得ない塾人としては、まさに奇跡の存在ともいえる。

引退されて何年にもなるが、もっと身近で学ぶことが出来たのにと思うと、かえすがえす残念であるし、このような多くの素晴らしい先生方とともに同じ教室で過ごせたという、とても幸運で希有な経験を、私は全く活かせてないのではないか、無駄にもったいない日々を過ごしてしまったのではと、ふと思う。

環境上、井の中の蛙としてしか過ごしてこれなかった塾人だって多くいる中で、そうでなかったはずの私が、その蛙と決定的な差を見せつけられないのであれば、いくら良い経験をしようが意味を持たない。

と湿っぽく考えてみたけれど、今朝も私の生徒はガンガン自習にきている。中3がメインだが、中1生が2人も混じって自習に参加している。昼間は来れないが、夜だけでもと参加した中3だっている。

私はT先生のような、授業で圧倒することはまだまだ出来ていないけれど、自習室に来させることに関してはT先生に負けていないはず。そもそも、勝ち負けではない。目標として近づければ良いのである。

違った形での表現になるだろうけれど、自分なりの形が示せれば、それで良しとしよう。

まずは、生徒達とともに2週間ほどに迫った高校入試 全員合格。それに向かってばく進あるのみ!

最後に懐かしの写真を・・・・H山君にH森さん、T中君もいる。H山君は医者になり、そしてこの前結婚したばかりやな。そして、授業をしているのが、伝説のT先生である。

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