本日は、講習8日目。 
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写真はまだ欠席の多い習得クラス。講師はK先生です。

一方で、ようやく、ようやく、ようやく、練成クラスの講習が全員揃っての受講となりました。本当は、Uさんは今日、明日もお休みの予定だったのですが、「何とか」してくれたようです。

「なんだ。来れるじゃないか」なんて野暮なことは思いません。確かに、最初はフワフワしていて彼女の「夏の講習」というものに対する姿勢には全く重みを感じませんでした。

だからこそ、厳しい言葉も投げかけています。憎まれたって構いません。それで本人が変わるのであれば・・・なーんて綺麗事は嘘です。私だって本当は気に入られたいですし、誰が好き好んで叱り飛ばさないとあかんねん、と思っています。

でも、そう都合の良いことだけで、お給料を頂くわけにはまいりません。好きなことだけしてお金を稼ぐ。嫌なことは一切したくない。そんなの単なるワガママですからね。

「明日も、明後日も来れるようになりました」と、本日顔を合わせたときに彼女が言い放ったその言葉に、彼女なりの覚悟を感じることは出来ました。(その後の授業中の集中具合など、まだまだ物足りない面が多々ありましたので、今回はほんの小さな一歩に過ぎません。まあ認めるだけは認めてあげないと。)

なお、今回の調整は、彼女にとっては「相当の」無理だったのかどうか、どれだけの「犠牲」を払ったのか、結局のところは、私は知りませんし、本人にしか分かりません。(また、私は「来れるようになった理由」すら聞いてはいませんし、彼女も、そのための苦労話を私にしていません。案外、あっけない理由かもしれませんが、それはそれでいいのです。結果的に来れるのですから。)

部活を選ぶ、勉強を選ぶ、遊びを選ぶ、友情を選ぶ、あらゆる岐路にて、「選択」というものが存在するのが人生ですし、その都度、どれを選ぶかは元来自由である(ただし、公共の迷惑とならない範囲で)というのは、我々に認められている権利です。

ただ、その「選択の結果」の事項に対して責任が生じるというだけです。もちろん、「責任」というものを中学生が本気で「理解」しているとは思えませんし、責任を「取れる」ものでもない。だから、「大人と呼ばれる人々」が、あーだ、こーだと、意見具申をするわけです。

ただし、その意見具申をしている人物も全然大したことない人物だったりする。私も、間違ったアドバイスを与えているやもしれません。(ただ、この間違ったアドバイスで問題が生じた場合、私が取れる責任というのは、退職するということでしょうか。よく、「責任は俺が取る」、とかっこよくドラマでは言い放ち辞表をたたきつける場面を見ますが、辞めたら責任を取ったのではなく放棄したことになると思うのです)

まあ、責任うんぬんは置いておいて、幸いにも子供が触れている「大人と呼ばれている人々」は、当たり前ですが、私だけではありません。子供という物は、都合の良い意見を言う者になびく傾向があることは否めませんが、それでもそこまで子供だって馬鹿ではない。いつまでも「都合良い」人物にだけなびいでなどいないでしょう。

というわけで、今日の講習の1時間目、習得クラスで安心して冒頭に「偏った勉強のお話」をしておきました。まあ、土曜日「説明会があるから」などと言って、その前後の時間に、せっかくの補講に来なかった生徒、と昼休みに騒がしかった奴に、ほんの少しお説教するための「偏ったお話」ですが。

そのK君。今日は授業後も遅くまで残って補講を受けていました。「偏ったお話」の影響でしょうか。いえいえ、そんなわけありません。現実はそんな簡単に響くような安っぽいドラマではない。もっと複雑です。

でも、だからこそ、単純ではないからこそ、しつこいくらいの声かけをし、少しずつ信頼の糸を紡いでいくというのが塾業務。その糸も、ちょっとした気配りのミスで簡単に切れるし、日々築かぬうちに細く切れそうになっているかもしれない。

まあ、私も少しぐらいの影響はあったかな、と思えるくらいが、ちょうどいいのかもしれません。

さて、今日の夕方、私の補講の授業は、昼食後の講習の授業に私のコマが珍しくないという貴重な月曜日ということもあって、体力十分、ノリノリで授業できた楽しい一時でした。私の補講を受けるのであれば、月曜日がお勧めかも。

今回も、私の能力を軽く超える4面授業(4人同時に相手するという意味ではなく、欠席したところに合わせ4通りの授業内容を押し進めるという意味です)でしたが、それでも「生徒の性格」が良すぎて、待たされている生徒がぶーたれる事もなく、遊んでいる事もなく、むしろ、それをネタにするくらいの機転のきく連中です。

生徒のオンオフの切り替えが秀逸なため、どんどん内容が進みましたし、気になる単元であれば、他の生徒もしっかりと、「あ、それ聞いとこ」と一緒に聞こうとする姿勢もグッド。かなり高度な問題演習も、ヒーヒー言いながらも何とか喰らいつて来ていますし、夏休み後の模試の偏差値が今から楽しみです。

そう、いくら、このように「凄い授業をしているふり」をしても、結局子供の偏差値にしっかりと出てしまうわけです。私のように「朝から晩まで、うちの生徒頑張ってまっせー」なんて言って、偏差値が全く上がらなかったら、ただ単に自由を奪って拘束しているだけであるということを証明してしまうわけです。

偏差値は、絶対に嘘をつきません。上がったときは嬉々として手柄顔で自慢するくせに、成績が上がらなかったときは、「いやー、子供が勉強しなかったから・・・」なんて言い訳をする事は、人として出来るわけがない。

偏差値は講師の通信簿である事だけは紛れもない事実。ここに反論の余地はありません。ただし、誰か他の塾の講師と「料理対決」のように対決する指標としては、その状況や生徒によって左右されるものであるので、偏差値勝負は講師の実力をそのままあらわしているわけでなく公平とは言えないことだけは認めます。

が、そんな意味ではなく「成績をあげる」ことを生業としている以上、自身の授業を受けている生徒のその科目の成績が上がらなければ、その職業を生業としているとは言えないという覚悟は持たないといけませんし、その程度の責任感だけは持ち合わせてなければなりません。

というわけで、手応え的には自信はたっぷりにありますが、だけども毎年毎年、それはそれは不安であると感じながら、お盆を迎えるわけです。その不安を打ち消すために、お盆休みに山ほど宿題を出すなんて愚行をしだしたら、某進学校と同じ過ちを犯すわけですから、ここは計画的にいきたいと思います。負荷は子供だけにかけるものではない、ということさえ忘れなければ、良いバランスになるはずです。

追伸

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本日の夕方、ひょっこり顔を出した中2のHさん。部活帰りだそうです。まだ入塾したてのホヤホヤなんですが、もう堂々と自習室を利用しようとする姿勢がグッドですね。