父の入院手術に伴い、冬期講習終了日の4日の夜から実家である姫路に帰省しており、その間はすべて「代講」にて対応させていただきました。

これだけ長期間授業に穴をあけるのは、塾人生で初となります。もうこれで「俺は、授業に穴をあけた事などない!」と豪語する事は出来なくなりました。

むろん、かって塾がブラックに疎かった時代には重宝されたこの超便利屋的な部分も、今の時代にはさほど心に響くものではありませんし、誇るものでもないのでしょう。それどころか、こういった側面は、「よーやるわ・・・(ほんと馬鹿じゃねーの)」と今時の若造には上から目線で揶揄されるような、私にとっては寂しい時代ですから、今回の件で私もようやく人並みの立場を手に入れる事が出来たのだと思うようにしています。

ただ、当たり前の事ですが、それを可能せしめたのはスタッフの方々の努力のお陰であります。とくにK先生の奮闘ぶりを後に各方面から聞きましたが、まさにこの10月から来ていただいた彼との幸運の出会いによって、今回事なきを得たわけです。

「もし」や「仮に」など無意味な事ですが、仮に昨年とかでしたら、今回のような対応は絶対に不可能だったでしょうし、では今後はずっといけるのかというと、来年は来年で今年と状況も違っているでしょうから厳しいでしょう。まさに、「今」しかない、「今」だからこそ出来たというわけです。

もうひとりのK先生とあわせ、2人のK先生のおかげで、私がいなくても、子供たちの自習時間など普段と変らぬよう腐心していただいたようです。おかげで、子供たちから責められることは全くありませんでした。それどころか「おかえりー」という暖かい言葉で迎えていただいた程です。

私のパソコンには過去問の得点、質問する問題の番号などがびっしりと貼り付けられており、私のいない1週間も、何も変わる事無く勉強していたという証を残してくれました。

滅多に人を誉めない英語担当のI先生からは、思いがけず「素晴らしい生徒たち」との最高の褒め言葉まで頂いたくらい、生徒は頑張ったということですね。本当に素晴らしい生徒達です。
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そんな子供たちに、せめてものお詫びとおかえしにと、例年、年明けに飾る合格グッズをいつものお店ではなく今回は姫路で調達し、復帰と同時にずらりと飾ってみました。
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ちょっと部屋がうるさくなりすぎの感がありますが、種類の上では昨年の方が豊富だったので、実は今年の方が大人しめだったりします。

でも、子供たちが本当に望んでいるのは、こんな、形や飾りなどではない。きちんと職務を全うできるかどうか、最後まで面倒を見てくれるかどうか、ともに戦ってくれるのか、支えてくれるのか、そういう事だと思います。

今回の父の入院時には、本当に多くのご近所の方、親戚筋にお見舞いただいたのですが、そのほぼ全員に言われたのが、「雄ちゃん、太ったな!」という言葉と、「とにかく嫁をもらえ!」という言葉。

小さい頃からの知り合いですから、皆さん全く遠慮というものがありません。

そして、同じくほぼ全員の方が母に向かって、「良かったなぁ。息子さん帰ってきてくれて。ほんま、お父ちゃんの病気のおかげやなぁ」と点滴姿のまま病室のベッドで自由に動けない父を前にして言い放つのです。

母もあっさりと、「ほんまやで。こんな事でもない限り、かえってきーひん」と返します。

自分の親不孝さを肌で感じ、ただただ気まずい私でしたが、私塾の会の定例会も欠席せざるを得なかった私に、「親はほんま帰ってきてくれて心強いと思ってるで。会の事は気にせんと支えてあげ。」との言葉を頂き、あらためて「人を支える」という事の意味、大切さを理解したつもりです。

「支える」ためには、「自分が」という気持ちではダメなんですね。「お互いに支え合う事」こそが必要なんです。

生徒、講師、お互いがお互いの事を考えて真剣に考えて初めて支え合う事が出来ます。一方的な支えでもいけませんし、馴れ合いでもいけません。そんな青臭い事を考えながら京都への帰路につきました。

看護師さんからの、薬のアレルギー、大病を患ったことがあるか、などの質問に、「なーんもなし。病気もしたことない」と強気に言い放つ父に、あぁ、確かに同じ遺伝子があるなぁと感じながら、でも、そんな父も病気になる。支えてもらう必要が出てくる。ひとりで生きているなんて大間違いなんですよと、青臭い私。

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気がつけば、もうあと残り30日。自分のやれる事を、皆で支え合いながら、でも、自分の職務は自分なりの責任の感じ方、とらえ方で全力でやり遂げる。そんな2016年を目指して、変わらず突っ走っていこうと思います。

さあ、たまりにたまった仕事を片付けまっせ!!